新劇女優と「事ヲ起ス」ことからはじまる「アテなしの放浪」。中年男の情痴、怯懦、惑乱の日々。自らの煩悩に正面から対峙して、七転八倒する凡夫のあさましさを自虐的に綴る。優柔不断な様が強調されるが、なぜかその稼ぎっぷり、愛人を含めた係累への扶養義務の確かな履行、買い出しや達者な手料理をこなす等、“自立力”に驚嘆してしまう。弱点をさらけ出すには静かな強靭さもいろう。私小説に昇華できる筆力は見事の一語。