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労働実務Q&Aこれで解決!

法人の犯罪能力

Q.

 労働基準法121条に次のような規定があります。「この法律の違反行為をした者が、当該事業の労働者に関する事項について、事業主のために行為した代理人、使用人その他の従業者である場合においては、事業主に対しても各本条の罰金刑を科する。ただし、事業主が違反の防止に必要な措置をした場合においては、この限りでない」。この規定は両罰規定といわれています。その意味を教えて下さい。法人の犯罪能力についても議論されていますね。

A.

 この条文のように、実際の違反行為者の処罰に加えて、実際の違反行為者以外の法人または自然人を処罰する規定を、両罰規定といいます。類似の規定は、安衛法をはじめとして各種の行政取締法規で採用されています。ここでいう「事業主」は、経営の主体を指しており、個人企業の場合は個人企業主、法人組織の場合はその法人そのものをいいます。そもそも、法人に犯罪主体となりうる「行為」というものがあるのか、が法人の犯罪能力が問われる端緒です。


◆両罰規定の構造と機能

 現実の行為者を罰するほか、その法人または人(事業主体)をも罰する旨の規定が両罰規定。この両罰規定には、次のような機能があります。
 第1は、法人処罰規定を創設する機能。現在のわが国の刑法典は、法人を処罰対象に含んでいません。罪刑法定主義の原則は行政法規違反にも適用されます。したがって、法人が処罰対象となるのは、個別の法律が両罰規定を定めている場合に限られているのです。この場合、法人を処罰する法的根拠は、従業者等をして法令に違反せしめないようにすべき注意義務に反したという過失責任にあります。
 第2は、処罰範囲を拡張する機能。刑罰は、犯罪行為を行った者に科し、それ以外の者に刑罰は科せられないというのが近代刑法の原則です。事業主自らが違反した場合は事業主自身、事業主のために行為した代理人もしくは従業員が違反した場合は違反者個人が、刑罰を受ける主体です。しかし、労基法121条は、事業主が行為者ではない場合であり、行為者とともに処罰を受けます。つまり、この規定は、当該行為者が事業主でないケースにおいて、利益の帰属者である事業主にも責任を負わせることにより、労基法の違反防止をより完全ならしめようとするものにほかなりません。


◆法人の犯罪能力と処罰

 「犯罪能力」とは、犯罪の主体となりうるかという問題ですが、法人に「行為」があるかという問題でもあります。犯罪は行為。「行為」であるということは、犯罪成立の一つの重要な要件なのです。
 かつては、法人の犯罪能力を否定する見解があり、戦前の古い判例はこれを指持していました(大判明36・7・3)。その理由は次のとおりです。①法人には身体も意思もなく、法人の行為というものはない。②人格という倫理的主体性をもたない法人に対しては、倫理的な非難を加えることができない。③現行法上の刑罰が自然人でなければ執行できない生命刑・自由刑を中心とし、罰金についてもこれを納付しない場合に労役場に留置することとしており、法人の処罰能力は予定していない、等々です。
 これに対し、法人の犯罪能力を肯定する見解は、次のように主張します。①機関の行為がすなわち法人の行為であり、機関の意思がとりもなおさず法人の意思であるから、法人にも行為や意思はありうる。②法人が、その機関たる個人とは別の社会的評価を受け集団的名誉を持つ存在である以上、これを社会的に非難することは意味がある。③現行法上も罰金刑のように法人に対して執行可能なものもあり、法人の解散、営業の停止などで、現在行政処分とされているものを刑罰とすることは可能である、等々。
 今日の経済社会の進展と企業の役割に鑑みれば、法人にも刑事責任を負わせる社会的必要性がある、といえるでしょう。

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