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労働実務Q&Aこれで解決!

賃金債権の時効

Q.

 当社では、7年前に、従来の年功賃金制度から決別し、能力・成果重視の賃金制度を導入しました。その際、各社員を新しい職務グレードに格付けを行い、当時の賃金水準を維持(保障)するために、ほぼ全員に調整給を付与したのです。ところがつい最近になって、ある社員により、当時の事務局を担当した総務の事務処理ミスを指摘され、調整給の一定部分の未払賃金が発覚。その賃金請求をされています。7年にわたって遡及払いをしなければいけませんか。

A.

 労基法115条は、「この法律の規定による賃金(退職手当を除く。)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合においては、時効によって消滅する」と規定しています。したがって、7年間支給しなかった未払賃金のうち、法律上は、2年間だけ遡って支給すればいいのです。もちろん、2年分以上の額を支給することは差し支えありませんが、その金員は賃金ではなく、恩恵的給付と解されます。


◆時効の存在理由

 時効とは、一定の事実状態が永続する場合に、それが真実の権利関係と一致するか否かを問わず、そのまま権利関係として認めようとする制度です。厳密にいうと時効には、取得時効(真実の権利者とみなすもの)と消滅時効(権利の消滅を認めるもの)があり、ここでは後者の消滅時効をいいます。
 かつては、時効の存在理由や時効制度全体の統一的理解をめぐって、複雑な議論が展開されました。というのも、他人の物を長い間使っていると所有者になったり、真の権利者が義務を履行しないで一定の期間が経つと権利が消滅するということは、反道徳的要素を含んでおり、正義を追求すべき法の自己矛盾ではないか、とも考えられるからです。民法学の泰斗である星野英一氏は、これを評して、「わけのわからない制度」と揶揄したほど。
 ただし現在では、時効の存在理由は次のように解されています。すなわち、①継続的事実が真実を反映する蓋然性(確率)が大きいこと。②継続性自体を保護すべきとする社会の要求(信頼の保護)に合致すること。③事務処理を簡便にするために必要であること。④長期間権利を行使しない者は、「権利の上に眠れる者」として保護に値しないこと。


◆賃金請求権の時効期間

 民法では賃金債権の時効は1年(174条)、その他の一般債権は10年(167条)と定められています。しかし、時効の期間が1年では短かすぎて労働者の権利保護に欠け、かといって10年では取引の安全、事務上の負担等から使用者に酷であることから、2年の消滅時効を規定したのです。
 民法と労基法は、「一般法・特別法」の関係。「特別法は一般法に優先する」のが原則です。つまり、労基法115条は、民法の時効に関する規定の特則ということになるのです。
 ここでいう賃金には、退職金を除く、「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのもの」(労基法11条)を意味します。したがって、期末手当等の臨時の賃金、割増賃金、年次有給体暇の賃金なども適用対象に含まれます。
 先に述べたように、時効には個人的倫理が犠牲にされているという側面があります。これを受けて、時効にはその効力発生に対して阻止的に作用する仕組みも用意しています。時効の援用(民法145条)や時効の中断(同147条~157条)がそうです。時効の援用とは、時効を主張する旨の当事者の申し立てを効力の発生要件とすることです。時効の中断とは、一定の事実状態と相いれない事実が生じた場合をいい、それまでの時効期間は効力を失います。これら民法の諸規定も適用されるので注意が必要です。特別法が規定していない部分については、あくまでも一般法の規定が適用になるからです。

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