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労働実務Q&Aこれで解決!

労務受領拒否と賃金請求権

Q.

 労働契約は、「労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払う」契約です(労働契約法6条)。それゆえ、労働契約の根幹をなすのは、労働者の労務提供義務であり、使用者の賃金支払義務。なお、労働者の賃金請求権は、通常の債権と異なり、労務の提供が終わってから発生します(民法624条)。そこで、労務を提供しようとしても使用者が受領を拒否し、結果として労働義務が履行不能となった場合に、労働者は賃金請求権を有しますか。

A.

 この問題は、民法の危険負担の問題として論じられます。労務の履行が不能の場合の賃金請求の可否は、その不能につき労務の債権者である使用者の「責めに帰すべき事由」があるか否かに依存するのです(民法536条)。すなわち、使用者の「責めに帰すべき事由」による履行不能の場合には、労働者は賃金を請求できる(同条2項)。これに対し、使用者に帰責事由のない履行不能の場合には、使用者は賃金請求を拒否できるのです(同条1項)。


◆「債務の本旨」に従った労務提供

 一般に、債務の提供とその履行は、「債務の本旨」に従ってなされることを要します(民法415条、493条)。債務者である労働者が負っているこの義務は、職務専念義務ないし誠実労働義務と呼ばれています。
 債務の本旨に従った履行の提供がなされなかった場合、使用者はその受領を拒否し、労務提供にもとづく賃金部分の支払いを免れることができる。なぜなら、債務の本旨に従った履行の提供がないためにその受顔を拒否した場合、これに伴う就労不能の責性(民法536条2項)は債権者である使用者にはないと解されるからです。
 そのため、当該労働契約の解釈において、「債務の本旨に従った労務の提供」があったと認められるのはいかなる場合をいうかが重要となるのです。


◆私傷病と労務受領拒否

 労働者が、私傷病のため、本来の業務のうち一部のみ就労可能であると申し出たことに対し、使用者が自宅治療命令を発し、その間の賃金を支給しなかった場合に、そのような申し出が債務の本旨に従った労務の提供といえるかどうかが問題となった事案があります。
 最高裁は、「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては、現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても、その能力、経験、地位、当該企業の規模、業種、当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ、かつ、その提供を申し出ているならば、なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」との判断を示しました(片山組事件 最判平10・4・9)。
 「債務の本旨に従った労務の提供」の内容は、当該労働契約が、職種や業務内容を特定して締結されていた場合には、その職種・業務内容の労務の提供を指しますが、そうした特定をせずに締結された場合には、現実に命じられた職種・業務内容の労務の提供には限定されません。そのように解さないと、能力、経験、地位等にかかわりなく、現に就業を命じられている業務によって、賃金請求権を取得するか否かが左右されることになり、不合理であるといえるからです。
 これに対し、タクシー乗務員の労働者が、交通事故による腰椎捻挫等で療養後に復職した際に、事務職への配置転換の申し入れおよび債務の本旨に従った履行の提供である事務職についての労務の提供を行ったにもかかわらず、これを拒絶されたとして、その間の賃金を請求した事案があります。最高裁は、職種をタクシー乗務員として採用されたことが証拠上明らかである等として、使用者の責めに帰すべき事由による休業とはいえない、と判示しました(神奈川都市交通事件最判平20・1・24)。

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