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「定額残業代」と判例の射程

Q.

 あらかじめ一定額の残業代を支払う制度である「定額残業代」が、中小企業で普及しています。経費節減策や、募集・採用時の給与額を大きく見せる効果をねらって導入されているようです。定額残業代には、基本給などの総賃金のなかに割増賃金部分を組み込んでいるタイプと、基本給とは別に営業手当、役職手当など、割増賃金に代わる手当等を定額で支給するタイプ、の2つがあります。労働基準法37条との適法性について、判例の考え方を教えて下さい。

A.

 労基法37条は、例外的な過重労働に対し、割増賃金という特別な補償を使用者に義務づけています。これに対する判例の基本的スタンスは、実際に行われた時間外労働に対して、一定額以上の割増賃金が支払われていればよしとするもの。つまり、法が定めた計算方法による割増賃金を下回らない限りは、適法とする趣旨。法所定の計算方法を用いることまで要求しているものではありません。ただし、判例は一定の要件を課しており、拘束力が及ぶ範囲の見極めが重要です。


◆定額残業代と明確区分性の要件

 労基法37条が時間外労働等について割増賃金の支払いを使用者に義務づけているのは、使用者に割増賃金を支払わせることによって、時間外労働を抑制し、もって労働時間に関する労基法の規定を遵守させるとともに、労働者への補償を行おうとする趣旨です(医療法人社団康心会事件 最判平29・7・7)。
 定額残業代による割増賃金の支払いが認められるためには、まず、通常の労働時間の賃金に相当する部分と割増賃金にあたる部分とが明確に区分されていることが必要です(高知県観光事件 最判平6.6.13)。
 なぜこのような区分が必要か。残業時間に対する割増賃金額を特定ないし判別できないと、残業手当の額が適法であるか否かの判断ができないからです。割増賃金の計算を可能とするための前提要件なのです。
 この判例の考え方によると、基本給組み込みタイプでは、通常の労働時間相当部分と割増賃金部分とを判別できなければ、労基法37条違反となります。これに対し、別枠手当タイプでは、通常の労働時間に相当する部分と割増賃金相当部分とを判別でき、後者が労基法37条にもとづく計算額以上であれば、同条違反とはなりません。実際に行われた残業が多く、一定の手当額の方が支払うべき割増賃金を下回る場合は、一定の手当額に加え、その差額を支払う必要があります。これは、当然ですよね。


◆定額残業代と対価性の要件

 つぎに、使用者側が定額残業代と主張する賃金部分が、時間外労働等の対価として支払われたものといえるかどうかが問題です。
 業務手当が定額残業代として認められるかが争われた事件で、最高裁は、「雇用契約においてある手当が時間外労働等に対する対価として支払われるものとされているか否かは、雇用契約に係る契約書等の記載内容のほか、具体的事案に応じ、使用者の労働者に対する当該手当や割増賃金に関する説明の内容、労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断すべきである」と判示しました(日本ケミカル事件最判平30・7・19)。
 この判決からすると、対価性を満たすか否かについては、雇用契約書や労働条件通知書に一定の手当が定額残業代と明記されていることが必要。そのうえで、具体的事案に応じて、労働者に対する手当や割増賃金に関する説明の内容や労働者の実際の労働時間等の勤務状況などの事情を考慮して判断されることになります。
 労働契約上の対価(定額残業代と主張する賃金部分が割増賃金に当たるか)としての位置づけを重視し、対価性は主として契約内容により定まるとしているのです。加えて、時間外労働等の状況と一定の金額が乖離している場合や、定額残業代の金額に対応する労働時間を長時間に設計している場合は、その有効性を否定される場合があるので、注意が必要です。

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