賃下げの可否
Q. 近年の売上げの低迷により、3年連続の赤字経営を続けています。労務費を削減するために整理解雇等も検討しましたが、なるべく雇用を維持したく、比較的賃金が高い高年齢者を対象に賃金の引下げを実施しようと考えています。法律上の制約や実施するうえでの注意点があれば教えて下さい。 |
A. 従業員のうち一定の対象者の賃金を下げるために行われる一般的な方法は、賃金規程(就業規則)の改訂です。この場合、いわゆる「就業規則の不利益変更」という問題が生じ、賃金は労働条件のなかでも最も重要な要素であるためその合理性を認められることが非常に困難です。したがって、個々の従業員の同意を得る必要があります。 |
◆判例の合理性理論
このような問題が生ずる背景には、多くの中小企業が長年放置してきた「年功序列型賃金」制度があります。企業の年齢構成が明らかに高年齢化しているにもかかわらず、高度成長時代にのみに通用したかつての賃金制度を引きずってきたため、若手や能力のある人のやる気を引き出すことができず、企業全体の競争力を弱めているのです。実力主義・成果主義の賃金・人事制度の構築が何よりの根本策です。
さて、応急処置が求められている当面策を考えていきましょう。
就業規則の不利益変更の問題は、有名な「秋北バス事件」最高裁判決以降、合理性理論として確立しています。すなわち「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課すことは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、とくにその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」としています(最判昭43・12・25)。
つまり、労働者にとってそれまでずっと享受していた既得の労働条件を不利益に変更することは原則としてできないが、その必要性や内容に合理性があれば変更もできるというのです。
しかし、賃金については労働者にとって重要な権利であるため、「高度の必要性にもとづいた合理的な内容のものである場合において」効力を生ずるとしています(「第四銀行事件」最判平9・2・28)。
地裁の判決ですが、整理解雇を避けるために行った賃金減額の措置について、賃金の不利益変更は整理解雇の場合とは要件を別に考えるべきであり、整理解雇を回避するために賃金を減額することは認められないとした事例があります(「ザ・チェースマンハッタン銀行事件」東京地判平6・9・14)。
結局、個々の従業員の同意を得ることが、無難なようです。
◆誠意をもって同意を求める
それにしても、従業員の賃金を一時的に減らしてでも従業員の雇用を守るというのは、経営者としてりっぱな心構えです。不況を乗り切るためにあらゆる原価を引き下げていくことは経営の鉄則ですから、従業員の皆さんにもよく理解してもらうことが必要です。
その際、会社の賃借対照表や損益計算書などを開示し、数字上の根拠を明らかにする必要があるでしょう。経営者の報酬の減額など経営者自らの経営努力の実態もこの際よくわかってもらいましょう。
いずれにしても、このような苦境に立たされたときに日頃の労使関係、人間関係が問われます。採算性向上意識などをもってもらい、なおかつ展望も示したうえで労使一体となって不況を乗り切る好機と捉えるべきです。
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