震災による採用内定の取消し
Q. このたびの東日本大震災クラスの災害により、社屋や工場が倒壊し、事業が壊滅状態に陥ってしまった場合の対応についておたずねします。新卒予定の学生に対し、正式採用日(4月1日)より半年前(前年10月1日)に内定通知が出してあるケースです。内定通知後の災害の発生により、実際に採用するのが難しくなったとして、採用内定を取消すことができますか。 |
A. 採用内定により労働契約が成立しているとすると、採用内定取消しには、労働契約法第16条の解雇権濫用規定が適用されます。ただし、今回のような大震災は、通常、内定通知を出した当時は予測することができなかったと認定されるでしょう。会社が新たな人を雇入れる余力がなくなってしまったという事情があれば、労働契約の解約として有効だと考えます。 |
◆採用内定取消しの適法性
労働契約がいつの時点で成立しているのか、採用内定の法的性質をめぐって議論がありました。会社が採用内定通知後、内定を取消したときに論点が浮上するのです。
判例は、正式採用のときではなく、内定通知の時点で労働契約が成立しているとしています(最判昭54.7.20 大日本印刷事件)。その結論に至る法的判断は、次のように評価されるのです。
まず、会社の社員の募集は、「申込みの誘引」であり、これに対する応募が、労働契約の「申込み」になります。会社の内定通知は、申込みに対する「承諾」。この時点で申込みと承諾の合致があり、労働契約が成立します。ただし、就労の「始期」は卒業後の入社日であり、内定通知書または誓約書に記載されている内定取消事由に基づく「解約権留保付」の労働契約です。厳密にはこれを「解約権留保付労働契約」と呼びます。
採用内定通知によって労働契約が成立するとした場合、内定取消しは留保解約権の行使、すなわち解雇の適法性の問題となります。
先の判例は、「採用内定の取消し事由は、採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ社会通年上相当として是認することができるものに限られる」としています。まさに、解雇権濫用規制(労契法16条)を応用したものです。
裁判所は、会社より学生の側の事情に配慮を示しています。この見解によると、内定者は、労働契約上の地位(従業員たる地位)の確認と、4月以降の賃金相当額の支払いを訴求できることになり、より実効的な救済が可能になるのです。
◆内定取消しの可否の判断基準
ただし、ここで成立している労働契約は、実質を伴わない形式上のものに過ぎません。労働と賃金の対価関係が始まっていませんので、正式採用後の解雇と比べると、解約の理由は拡大されてしかるべきです。採用内定通知書等には、通常、卒業できなかった場合や病気で就労できなかった場合、あるいは犯罪行為をして逮捕された場合など、特有の具体的な内定取消事由が記載されています。
具体的に列挙されていない場合にどうなるのか。本件のような事案がそれにあたります。
判例は、「採用内定当時知ることができず、また知ることが期待できないような事実」であるかどうかを判断基準の1つに上げています。今回の大震災は、通常、内定通知を出した当時予測することができなかったと認められます。会社が新たな人を雇入れる余力がなくなってしまったという事情があれば、内定取消しもやむを得ず労働契約の解約として有効であると考えられます。以上は、一般論であり、会社は、内定者を雇入れできるよう努力すべきことは言うまでもありません。
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