◆就業規則の不利益変更の拘束力
このケースでは、年俸制という賃金制度を変更する際の法的手続が最大の論点となります。
一般管理職の労働契約の内容は旧賃金規程により律せられているため、本件年俸制を適用するにあたって当該労働契約の内容が適法に変更されたか、が問われるのです。一般に就業規則(賃金規程)の不利益変更の拘束力といわれている問題。というのも、年俸制は、賃金額を年単位の総額で設定するものであり、評価結果によっては賃金減額となり、労働条件を不利に変更するものといえるからです。
この点については、秋北バス大法廷判決(最判昭43.12.25)以降の判例の集積があり、そのフレームワークが労働契約法9条、10条に定式化されました。すなわち、一方的な就業規則の不利益変更は原則として許されないが、変更に合理性があり、かつ、変更後の就業規則が周知されれば、変更に反対する者をも拘束する、という法理です。つまり、合理性と周知性の有無が吟味されなければなりません。
労働契約法10条は、就業規則の変更が合理的なものといえるか否かについての判断要素を簡潔に示しています。第四銀行判決(最判平9.2.28)で明らかにされたルールを採用したのです。すなわち、①労働者の受ける不利益の程度、②労働条件の変更の必要性、③変更後の就業規則の内容の相当性、④労働組合等との交渉の状況、⑤その他の就業規則の変更に係る事情、の5点です。
本事案では、細かな事実関係が網羅されているわけではないため、即断することはできません。それぞれの要素にもれなく事実をあてはめ、総合判断がなされることになります。
変更後の就業規則が周知されているかどうかも重要な要件です。労契法10条における周知は、労基法106条、労基則52条の2つの周知方法にとどまらず、労働者に対してその内容が実質的に「周知」されていればよい、とされています。
◆年俸額について合意がない場合の処理
年俸額については、目標管理の定期面談において、労使の合意が成立しなかった場合の取扱いが問題となります。就業規則や新人事制度マニュアル、労働契約書等で詳細な定めを欠くときに浮上してくるのです。
年俸額の最終決定権限を使用者に認める見解と、合意が成立しない限り前年度支給額を支払うべきとする見解が対立しています。
参考とすべき裁判例を掲げておきましょう。「新年度の賃金額についての合意が成立しない場合は、年俸額決定のための成果・業績評価基準、年俸額決定手続、限界の有無、不服申立手続等が制度化されて就業規則等に明示され、かつ、その内容が公正な場合に限り、使用者に評価決定権があるというべきである。上記要件が満たされていない場合は、労働基準法15条、89条の趣旨に照らし特別の事情が認められない限り、使用者に一方的な評価決定権はないと解するのが相当である」としています(日本システム開発研究所事件 東京高判平20.4.9)。
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