◆プライバシー保護の法律関係
プライバシーとは、人格的利益ないしは人格権の1つとして、私生活をみだりに公開されない権利をいいます。明文規定こそありませんが、憲法の人権カタログの中で異彩を放つ「幸福追求権」(13条)にその法的根拠があります。
労働契約関係においてもしかり。使用者は業務を遂行するうえで、労働者の人格的利益を損なわないよう配慮する義務を負います。使用者が労働者のプライバシーを侵害した場合、使用者は労働者に対して不法行為として損害賠償責任を負い(民法709条)、解雇や配転などの法律行為であれば、権利濫用(民法1条3項、労契法3条5項)または公序良俗違反(民法90条)として当該行為は無効となるのです。
ただし、基本権制約の具体的画定に際し、わが国の裁判例の多くは比較衡量論を採用。会社側の業務上の必要性と労働者側の不利益の大きさを比較衡量して、前者の方が大きいと判断された場合には、使用者の行為が社会的相当行為(正当業務行為)として免責(つまり適法)されることがあります。
◆プライバシーの内容と個別的判断
はじめのケースは、使用者が知りえたHIV感染の事実を本人に告知することが、労働者のプライバシーの侵害にあたるかどうか、が論点です。
使用者は、従業員に対し、労働契約の附随義務として職場における健康配慮義務(電通事件 最判平12.3.24)を負っています。使用者が疾病に罹患した従業員にその旨を告知することは、通常許されるはず。しかし、HIVやB型肝炎ウィルスの感染情報等は、その取扱いにきわめて慎重を要するセンシティブ・データ。プライバシーの中核として強い保護が要請されるのです。
裁判例でも、HIV感染の事実を告知するのは、「告知後の被告知者の混乱とパニックに対処」しうる医療者に限られるべきであり、使用者が告知したのは、「著しく社会的相当性の範囲を逸脱し」不法行為になる、としました(HIV感染者解雇事件 東京地判平7.3.30)。
次のケースは、部下がネットワークシステムを用いて送信した私用メールを、上司が無断で閲覧・監視することが許されるか否か。
服務規程などでモニタリングを行うことについて詳細な定めがあり、周知されていれば、許容されると考えられます(労契法7条)。その権限が規定されていない場合にどうなるか。裁判例では、「監視の目的、手段及びその態様等を総合考慮し、監視される側に生じた不利益とを比較衡量の上、社会通念上相当な範囲を逸脱した監視がなされた場合に限り、プライバシー権の侵害となる」と判示し、適法とした例があります(東京地判 平13.12.3)。
プライバシー保護の範囲は、社内メールシステムの特性にもとづく使用者の管理権限により相当程度の制約を受けると判断したのです。上司を中傷する私用メールを頻繁に送信し、軽微な私的利用の範囲を明らかに超えているという事情も、考慮されています。
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