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労働実務Q&Aこれで解決!

賃金見込額と確定賃金額との差異

Q.

 退職した従業員が、駆け込み的に合同労組に加入。その組合から残業代未払請求をメインにして団体交渉を申し込まれました。議題の中に、求人票記載の賃金額より実際の賃金額が低くなっており、その差額およびこれによって被った精神的苦痛に対する慰謝料を請求する、という項目があります。求人票の記載はあくまで賃金見込額であり、個々の賃金額は話し合いにより決定するものと承知しています。この要求に応じなければなりませんか。

A.

 求人者が求人票や求人広告を利用して行う求人は、法律上は労働契約の「申し込みの誘引」になります。おっしゃるように求人票への記載は見込額ですから、求人票の賃金記載額がそのまま労働契約の内容となるわけではありません。したがって、差額の支払いは拒否できると考えます。ただし、契約交渉の過程において、適切な説明を欠いたために従業員に誤解を与えていた事案で、慰謝料請求を認容した裁判例がありますので、注意が必要です。


◆労働条件の明示と契約内容の確定

 公共職業安定所への求人の申し込みや労働者の募集に際して、求人者には、労働条件の明示義務が課されています(職安法5条の3、42条)。その趣旨は、求人者に真実の労働条件提示を義務づけることにより求職者に公正な選択の機会を与え、また、労働者が予期に反した悪条件で労働を強いられることを防止することにあります。
 まず問題となるのが、求人票などに記載された労働条件が契約内容となるかどうか。
 多くの裁判例は、求人票や求人広告を労働契約の「申し込みの誘引」と捉えています。それらは個別の労働者との接触以前の段階であり、契約の申し込みとみることはできないからです。したがって、求職者が、求人票ないし求人広告に応じて応募することが労働契約の「申し込み」となり、これに対し使用者の採用する旨の意思表示が「承諾」。労働契約はこの時点で成立します。つまり、求人票等への記載は、申し込みの誘引にすぎないため、それに記載された労働条件が労働契約の内容となるわけではないのです。その後の交渉等により変動する可能性があるのです。
 裁判例も、「求人票に初任給見込額を記載したときは、使用者は初任給確定の際にその額に相応する額を決定するよう努力すべき社会的責任を負うが、見込額を基本給として決定することを保障したものとまでは言えない」と判示しています(八洲測量事件 東京高判昭58・12・19)。


◆信義則と契約締結上の過失

 つぎは、契約交渉の過程において適切な説明がなされなかったために労働者に誤解を与えたことを理由に慰謝料としての損害賠償請求ができるかどうか。
 契約交渉の段階においては、当事者は契約の締結を強制されることはなく、満足できる契約内容を確約できないと判断したときはいつでも交渉を打ち切ることができます。これが契約自由の原則です。したがって、契約が破棄されたり、自分に不利な条件が契約内容となったからといって直ちに損害賠償責任が発生するわけではありません。
 しかし、契約は有効に成立したが、交渉の際の説明や情報提供に問題があって、一方当事者の期待と実際の契約内容の不一致が生じたケースで、慰謝料請求を認めた裁判例があります。すなわち、「雇用契約締結に至る過程における信義誠実の原則に反するものであって、これに基づいて精神的損害を被るに至った者に対する不法行為を構成する」と判示しました(日新火災海上保険事件 東京高判平12・4・9)。信義則を根拠に、「契約締結上の過失」の法理を適用したのです。
 労働契約法4条1項の規定(労働契約の内容の理解の促進)は、訓示規定とはいえ、使用者の違法性審査にあたって援用されることでしょう。

 
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