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労働実務Q&Aこれで解決!

労働災害の刑事責任

Q.

 労働災害における使用者の民事責任は、労災保険でカバーされない損害の補填を求め、民事訴訟により損害賠償請求することが広く認められてきました。とくに最近は、使用者の不法行為による責任追及よりも、労働契約関係にもとづく「安全配慮義務」違反としての債務不履行責任の追及が容認され、労働者側に有利になり、しかも高額な賠償事例が増えていると聞いています。一方、使用者側に刑事責任が問われることはないのでしょうか。

A.

 労災事故が発生し、死亡事故や重大な障害が生じた場合には、使用者側の刑事責任を問われることがあります。労働災害については、2つの刑事責任の成立の可能性があるのです。1つは、事前予防法としての労働安全衛生法違反。もう1つは結果責任法としての刑法の業務上過失致死傷罪。いずれの刑事責任も、労働災害が発生した後に捜査が開始されることが多く共通点もありますが、2つの刑事責任の法的性格は大きく異なっています。


◆法律上の責任と刑事責任

 法律上の責任とは、広義では、法律にもとづいて制裁や不利益を負わされることやその法的地位をいいます。狭義では、違法行為をした者に対する法律的制裁をいい、民事上の責任、刑事上の責任、行政上の責任の3つに分類することができます。これは、法的効果の違い、ペナルティーの種別による区分といってもいいでしょう。
 このうち、刑事上の責任とは、刑法や各種の特別法により刑罰を科せられることをいいます。最も重要なのが「刑法(典)」という法律。犯罪と刑罰の基本要素が定められています。通常、犯罪とは、「(犯罪各条文の)構成要件に該当する、違法、有責な行為」であると定義され、その内容をめぐって犯罪学説は百花繚乱の様相を示しています。


◆安衛法違反と業務上過失致傷罪

 労働安全衛生法は、「事業者は、掘削、採石、荷役、伐木等の業務における作業方法から生ずる危険を防止するため必要な措置を講じなければならない」(21条1項)と定め、その違反については、「6月以下の懲役又は50万円以下の罰金に処する」(同法119条)と定めています。
 一方、刑法は、「業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、5年以下の懲役又は100万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も同様とする」(211条1項)と定めています。
 本件のように労働災害が発生した場合に、それを端緒にして2つの刑事責任の追及が開始されますが、それぞれの法領域は全く異なっています。
 第1に、安衛法違反は行政刑法であるのに対し、業務上過失致傷罪は刑事刑法です。行政刑法とは、行政目的の実現のために処罰規定が設けられたものであり、もともと倫理的には無色な者もの。これに対し、刑法を典型とする刑事刑法は、法益保護を主目的とし、社会倫理にも反しています。
 第2に安衛法違反は事前予防法であるのに対し、業務上過失致傷罪は結果責任法です。安衛法は、「事業者」に労働災害についての事前防止のための措置義務を課し、事故の発生とは無関係に措置を講じていないことを処罰の対象としています(法人への両罰規定があるのもそのため)。これに対し、業務上過失致傷罪は死傷の結果責任を注意義務違反を負う個人に科しています。前者の刑事責任の捜査は労働基準監督官が、後者の刑事責任の捜査は司法警察員が担っているのもそのことと関係があります。
 第3に、安衛法違反は故意犯であるのに対し、業務上過失致傷罪は過失犯です。刑法38条は「故意犯の原則」を定め、「過失」については「これを罰する」という特別な規定がない限り、刑事罰の対象とはしていません。安衛法にも特別規定はなく、したがって、過失による安衛法違反は犯罪ではないのです。

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