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労働実務Q&Aこれで解決!

研修費用返還の合意の適法性

Q.

 慢性的な人手不足状態にある介護施設を経営しています。今後も、介護サービスへのニーズは増加していくため、私たちの業界は、有能な人材を確保していくことが生き残りの条件。そのため、従業員には会社の費用により、外部の研修に積極的に参加させています。ただし、その従業員がすぐに転職してしまうと出費が無駄になってしまいます。一定期間の勤務を続けない場合はその費用を返還する旨の合意を結びたいのですが、何か問題がありますか。

A.

 会社としては、研修に参加した人ができるだけ退職をしないように抑制を図り、仮に退職をする場合には費用を弁済させる合意を事前に交わしておきたい、というのはよく理解できます。これに関し労基法16条は、退職などの労働契約の不履行について違約金を定めたり、損害賠償額を予定する契約を禁止しています。この条項に違反する可能性があるのです。裁判例は、分かれていますが、留学や研修の「業務性」の有無を重視しているようです。


◆労基法16条の本来の趣旨

 労基法16条は、「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない」と規定しています。前近代的な労働関係の除去のための法制度の1つであり、労働者が一定期間を経ずに退職する際に違約金や損害賠償金を課す旨をあらかじめ約定することで使用者が労働者の足止めを図るという弊害を禁止する趣旨の規定です。もちろん、強行法規。
 ただし、「本条は、金額を予定することを禁止するものであって、現実に生じた損害について賠償を請求することを禁止する趣旨では」ありません(昭22・9・12発基17号)。


◆新しい形態の約定の効力

 かつての前近代的な違約金の約定はほとんど跡を絶っているのに対し、本件のような新しい形態の微妙な約定の有効性をめぐる裁判例が相次いでいます。使用者が労働者の研修や留学にかかる費用を支出する場合に、一定期間勤務を続けなければその費用を返還することを義務づける旨の合意の適法性が争われているのです。この約定は、労基法16条が禁止する「違約金・賠償予定の定め」にあたるか否か。
 法律論としては、それが労働契約の不履行に関する違約金ないし損害賠償額の予定であるのか(労基法16条違反)、それとも費用の負担が会社からの労働者に対する貸付けで、本来労働契約とは独立して返済すべきもので、一定期間労働した場合に返還義務を免除する特約を付したものか(労基法16条違反とならない)という問題なのです。
 両者の区別は、契約の名称や形式だけでなく、実質判断を加味して行われる必要があります。多くの裁判例も、実質的に違約金等の定めと評価できるか否かを事案に即して総合的に判断しています。


◆裁判例と判断基準

 裁判例は、研修・留学について、業務との関連性が強いか否か、労働者個人としての利益性が強いか否か等の判断基準を重視しているようです。
 すなわち、業務性が薄く個人の利益性が強いケースについては、本来労働者が負担すべき費用を労働契約とは別個の消費貸借契約で使用者が貸し付けたという実質があり、労基法16条には違反しないとしています(長谷工コーポレーション事件・東京地判平9・5・26、野村証券事件・東京地判平14・4・16)。
 一方、企業の業務との関連性が強く労働者個人としての利益性が弱いケースについては、本来使用者が負担すべき費用を一定期間内に退職しようとする労働者に負担させるという実質を有し、労基法16条違反にあたり無効となるとしています(富士重工事件・東京地決平10・3・17、新日本証券事件・東京地判平10・9・25)。

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