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労働実務Q&Aこれで解決!

労働基準監督署の守備範囲

Q.

 食品製造業を営んでおり、従業員は約20名おります。先日、労働基準監督官が突然会社にやってきて、賃金台帳、タイムカード、就業規則等の提示を求められ、調査を受けました。彼が言うには、所定労働時間を1分でも超えて労働したら、時間外労働になるとのこと。是正勧告書には、「2割5分以上の率で計算した未払いの割増賃金を、3か月遡及して支払う」よう記載されています。従業員に残業をさせた覚えはないのですが、どう対応すべきですか。

A.

 有業員の誰かが労働基準監督署に内部告発(垂れ込み)したのかもしれません。「申告」は、労基法104条1項で認められた行為。労働基準監督官は、深刻に基づいて事業所に赴き、労働基準法、労働安全衛生法等の法違反を立ち入り調査することができます。労基法では、これを「臨検」と呼んでいます(101条1項)。速やかに違反事項を改善し、是正報告書を提出して下さい。監督官は司法警察官としての権限があり、送検手続を受けることもあるからです。


◆労働時間の管理とタイムカード

 使用者は労働時間をどのように管理しておけばよいのでしょうか。最高裁が、電通事件で会社の「安全配慮義務」を認め、過労自殺の企業責任を明確にして(最判平12・3・24)以降、厚労省が通達を出しました。
 「始業・終業時刻を確認する方法としては、使用者自らがすべての労働時間を現認する場合を除き、タイムカード、ICカード等の客観的な記録を根拠とすること、又は根拠の一部とすべきであること」(平13・4・6基発339号)。この通達以降、労働基準監督署の調査も厳しくなったようです。
 そもそも通達とは、行政機関内部の文書であり、上級機関が下級機関に対して法令の解釈を示すもの。したがって、国会が制定した法令とは異なり、国民を拘束するものではありません。タイムカードが労働時間管理の絶対的な手法でないことは、国も認めています(国会答弁書 平16・3・2)。
 裁判でも、一般的には訴えを起こした原告が証拠を提出し、自己に有利な事実を証明する義務があります。労働者が、労働基準監督署に対し、残業代の未払いがあるとして申告する場合も、労働者側が相当程度の証拠資料を示す必要があると考えます。
 しかし、労働裁判や労働実務では、事実上労働者が有利となるようハードルが下げられており、タイムカードの打刻時間を覆すのはとても困難。残業禁止のメールや貼紙をするほか、ダラダラ残業を放置せず、口頭や文書で注意することが必要です。そうしないと、黙示の承認とみられます。


◆是正勧告の法的性格

 会社が残業代を支払わなかった場合、従業員は通常は労働基準監督署に申し出ます。果たして、労働基準監督署は、会社に未払い賃金の支払いを命ずることができるでしょうか。
 結論はノーです。労働基準監督署は、たとえ労基法に違反していたとしても、賃金の支払いを強制的に命じることはできないのです。現行法上の賃金の支払いを命じることができるのは裁判所に限られています。
 労働基準監督官から交付される文書のうち、「使用停止命令書」は行政処分として強制力がありますが、「是正勧告」も「指導票」のいずれも、行政指導にすぎないのです。行政指導とは、「行政機関がその任務又は所掌事務の範囲内において一定の行政目的を実現するための特定の者に一定の作為又は不作為を求める指導、勧告、助言その他の行為であって処分に該当しないもの」をいいます(行政手続法2条6項)つまり、相手側の任意の協力が必要なのです。
 政府も、「現在、労働基準監督官が、労働基準法上、同法に違反して支払われていない賃金の支払を命ずる権限を有していないことは、昭和62年当時と同様である」(内閣衆質176第103号 平22・11・9)とこれを認めています。
 監督署は労基法違反等の監督や行政指導うを任じ、裁判所は、労契法違反に対し賃金支払命令を発します。お役所ごとの「棲み分け」があるのです。

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