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労働実務Q&Aこれで解決!

労災と民事損害賠償

Q.

鋼構造物等の製造を行っている当社工場内で労災事故が発生。従業員がクレーンを用いてH型鋼を吊り上げようとした際、フックからワイヤーがはずれてH型鋼が落下し、従業員が被災しました。障害補償給付等の労災手続も終了しましたが、それでも被災者から会社に損害賠償請求をすることができるのですか。

A.

この労働災害について、使用者側に故意・過失があるとすれば、被災者に不法行為または安全配慮義務違反(債務不履行)による損害賠償請求権が発生します。労災保険制度は国の公的保険を利用した特別の法的救済制度であり、損害の全てをカバーするものではないからです。


◆労災保険と損害賠償請求

 労働者が業務上負傷し、または疾病にかかった場合、使用者はその過失の有無を問わず、労働基準法上の災害補償責任を負いますが、労災保険が支給される場合は、補償責任を免れ、支払われた価額の範囲で民事上の損害賠償の責任を免れることとされています(労基法84条)。
 つまり、労災保険制度があるからといって企業責任が全面的に免除されるわけではなく、労災保険給付の価額の限度を超える損害については、使用者は民法上の損害賠償の責を免れることはできません。
 労災保険は、労働災害によって生じた損害のうち、労・使の過失の有無を問わず、一定の給付を簡易迅速に補償する国の制度であり、民法上の損害賠償の範囲を網羅してはいないのです。その1つが入・通院期間および後遺症等の精神的苦痛による損害である慰謝料。これに対応する労災保険給付はありません。また休業補償は労災保険給付の対象となっていますが、平均賃金の60パーセントしか支給されません。実際には、休業の場合、これへの上乗せとして20パーセントの休業特別支給金がつきます。判例は、これらの特別支給金について、労働福祉事業の一環であり、損害の填補の性質を有するのもではないという理由で、民事損害賠償における損害額から控除することはできないとしています(最判平8・2・23)。障害補償給付についても定額化されているため、特殊事情が斟酌されない可能性があります。


◆安全配慮義務

 使用者が民事上の損害賠償責任を追及される法的構成は、大まかにいうと2つあります。
 1つは、故意・過失により第三者に生じた損害の賠償責任としての不法行為責任(民法709条、715条、717条)。
 もう1つは、労働契約の附随義務として安全配慮義務を尽くして労働者を災害から守らなければならない債務不履行責任(民法415条)。
 今日では、「使用者の安全配慮義務」の概念は判例法上確立されており、「労働者が労務提供のため設置する場所、設備もしくは器具等を使用し、又は使用者の指示のもとに労務を提供する過程において、労働者の生命及び身体等を危険から保護するよう配慮すべき義務」(川義事件 最判昭59・4・10)とされています。
 安全配慮義務違反を理由とする損害賠償の範囲は次のようになります。1.財産的損害のうち積極損害(治療費、入院費、付添費、葬儀費など)と消極損害(休業損害、後遺障害または死亡による逸失利益)、2.慰謝料、3.弁護士費用、4.遅延損害金です。
 最近、労災事故で頸椎損傷による障害等級1級の障害を負った被災者とその妻が損害賠償を請求し、被告会社(中小企業)に安全配慮義務違反があったとして、総額1億6500万円の支払が命じられた下級審の判例もあります(横浜地判平6・9・27)。

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