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労働実務Q&Aこれで解決!

従業員の引き抜き

Q.

当社は特殊な商品を取り扱っており、営業活動に際しては、詳細な説明が必要なため独特の営業ノウハウを要します。そのため新入社員には数週間の研修を義務づけています。このたび元幹部社員が、退職後同業他社に就職し、当社の成績優秀な営業社員ばかり十数人を引き抜きました。ために売上高は激減。元社員と会社を相手取って損害賠償請求できますか。

A.

労働者には転職の自由があり、企業間には自由競争の建前があります。退職後の元幹部社員による引き抜き行為も、通常の勧誘行為にとどまるかぎりは適法といえます。損害賠償請求にするためには、不法行為の成立が要件です。そのためには、引き抜き行為が公序良俗や信義則に違反するなど、特に違法性の強い態様でなされた場合に限られるでしょう。


◆転職の自由と引き抜き行為の限界

 期間の定めのない労働契約においては、労働者はいつでも解約(辞職)の自由があり、転職の自由(憲法22条参照)もあります。したがって、退職者であれ第三者が、会社に在籍している者に対し、転職を援助したり勧誘する行為も基本的には許容されるはずです。
 一方、販売競争は激化しており、企業によっては多額の費用を投じて専門知識や営業ノウハウの修得のため従業員教育を行います。通常は新人が期待する売上を上げることは難しく、一人前になるためにはある程度の実務経験を要します。ただし、一旦開発した顧客からはリピートオーダーも期待できます。つまり、企業としては投下した費用がいよいよ回収できるという段になって即戦力となる人材を競業他社に横取りされたのでは、間尺に合いません。なんとか引き抜きを阻止したい。そこで、引き抜き行為がどこまで許されるのか、その紛争が増加しているのです。


◆在職中の幹部従業員による引き抜き

 転職や独立を予定している在職中の幹部従業員が、その地位を利用して引き抜き行為を行う事例が多いようです。
 このうち会社の取締役による引き抜きについては、商法上の忠実義務(254条の3)違反を理由として、損害賠償請求が可能です。
 そのような義務を負わない従業員による引き抜きについては、ラクソン事件というリーディングケースがあります。転職の自由と企業利益を衡量し、損害賠償請求の法的根拠と引き抜き行為の違法性を判断する基準を明示したのです。すなわち、「単なる転職の勧誘の域を超え、社会的相当性を逸脱し極めて背信的方法で行われた場合には、それを実行した会社の幹部従業員は雇用契約上の誠実義務に違反したものとして、債務不履行あるいは不法行為責任を負う」と判示しました(東京地判平3.2.25)。


◆退職後の従業員による引き抜き

 おたずねの事案は、退職後の従業員による引き抜き行為です。労働契約関係は終了していますから、もはや債務不履行責任(民法415条)は問えず、責任追及するとすれば不法行為責任(同法709条、715条)のみです。しかも第三者による債権侵害の一様態と考えられます。
 債権は、債務者の意思を媒介として成立する権利ですから、被侵害利益は物権に比較して弱く、しかも自由競争の原理が作用している。したがって、不法行為が成立するのは、侵害行為の違法性が特に強い場合に限定されるという考え方が一般的です。たとえば、公序良俗(民法90条)や信義誠実の原則(同法1条2項)に違反するような事例が考えられます。退職後の従業員による引き抜きの自由はより緩やかになる、ということです。企業はある程度の引き抜きは甘受すべきで、従業員の自由意思を尊重したインセンティブで足止めすべきでしょう。

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