労働者への損害賠償請求
Q. 当社の就業規則は、懲戒解雇等の制裁規定の外に、従業員が「故意または過失によって、会社に損害を与えた場合」に、損害賠償義務がある旨を規定しています。また採用の際には身元保証人を2人立てさせ、身元保証書を提出させています。会社が労働者本人や身元保証人に損害賠償請求するときに、制約はないのですか。留意すべきことを教えてください。 |
A. 懲戒処分とは別に従業員の損害賠償責任を定めることはよくあります。懲戒処分は企業秩序違反に対する組織の制裁であり、会社が受けた損害を填補するものではないからです。ただし、労働者に一方的に責任を負わせることは公平ではないため、判例は労働者の責任制限法理を採用しています。身元保証人にも法は一定の責任制限を設けています。 |
◆民法の一般原則と責任制限の法理
従業員が故意または過失により会社に損害を与えた場合、会社に対し、債務不履行または不法行為による損害賠償責任があります(民法415条、709条)。これが民法上の一般原則であり、たとえ会社から懲戒処分を受けたとしても、損害賠償責任を免れることはできないのです。
とりわけ、労働契約上の義務に反することを認識してなされた、横領、窃盗、背任等の故意に基づく行為によって会社に損害を発生させた事案については、従業員の免罪を考慮する余地は全くありません。
ただし、会社の損害が従業員の不注意、つまり職務遂行上の過失によって生じた場合に、従業員に一方的に責任を負わせるのは苛酷であり、リスク管理の観点からも公平を欠くといえる場合もあるでしょう。
判例は、会社からの損害賠償および求償権行使の事例で、次のような判断を示しています。すなわち、「使用者は、その事業の性格、規模、施設の状況、被用者の業務の内容、労働条件、勤務態度、加害行為の態様、加害行為の予防若しくは損失の分散についての使用者の配慮の程度その他諸般の事情に照らし、損害の公平な分担という見地から信義則上相当と認められる限度において、被用者に対し右損害の賠償又は求償を請求することができるものと解すべきである」(最判昭51.7.8)。法的根拠を民法の信義則(1条2項)に求め、判断基準を示して、責任制限法理を具体化しています。
◆身元保証法による責任制限
一方、身元保証人の責任を妥当な限度に抑えるため、「身元保証ニ関スル法律」が制定されています。
まず、身元保証契約は、「被用者ノ行為ニ因リ」使用者の受けた損害の賠償を目的としています(1条)。少なくとも損害が労働者の責に帰すべき事由によって発生したものであることを要します。労働者の責任の有無を問わない一種の損害担保契約と解するのは、合理性があるとはいえないでしょう。
身元保証契約の存続期間については、定めをしなければ成立の日から3年(商工業の見習い者は5年)で終了し(1条)、期間を定める場合でも、5年を越えることはできないことになっています(2条)。
保証期間中、一定の事情変更が生じた場合に、会社は身元保証人にその旨を通知する義務があり(3条)、身元保証人がその事実を知ったときには、将来に向けて契約を解除することができます(4条)。
保証人の責任の有無または賠償額の算定にあたっては、裁判所に「一切ノ事情ヲ斟酌ス」べき義務を課しています(5条)。つまり、責任をゼロとすることを含め、様々な事情を考慮して減額できるというのです。したがって、訴訟前に身元保証人に直接損害賠償請求をする場合でも、責任を軽減する様々な事情を留意することが必要です。
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