起訴休職
Q. 社員が会社から帰宅途中、駅構内で、口論をきっかけに、乗客に暴行を加え、警察に傷害容疑で現行犯逮捕されました。当時、会社のロゴマーク入りの制服を着用していたため、マスコミが社名を報道。現在、身柄を拘束されたまま起訴され、刑事事件として裁判に係属中です。就業規則では、無給の休職処分が可能のようです。何か問題がありますか。 |
A. おそらく就業規則には、休職事由の1つに、「刑事上の訴追を受けたとき」があげられ、その間の「給与は支給しない」旨の定めがあるのでしょう。起訴休職について、裁判所は、かなり厳格な要件チェックを行っています。ただ単に就業規則の条項に基づくという理由だけでは足りず、起訴休職制度の趣旨・目的に内在する制約が伴う、としています。 |
◆起訴休職処分の有効要件
労働者が犯罪行為により起訴されても、刑事訴訟の手続上、有罪判決があるまでは無罪の推定を受けます。このような場合に、一定の期間または判決確定までの間休職とするのが「起訴休職」です。休職は、労働契約関係そのものは維持させながら、一定の期間その就労を免除するもので、多くの企業が就業規則や労働協約に定めています。
起訴休職制度の趣旨は、企業の社会的信用と職場秩序の維持を図り、不安定な労務提供に対し業務の円滑な遂行を確保すること。また、懲戒処分の留保または猶予という意味も含まれています。
従来の裁判例は、この趣旨にもとづき、起訴休職処分が有効であるための2つの要件のいずれかの充足を求めています。
その第1は、企業の対外的信用や職場秩序が損なわれ、企業の社会的責任を明確にする意味から、当該従業員の就労を禁止する必要性があること。
第2は、勾留または公判期日出頭のために現実の労務提供が不可能ないしは困難となることです。
本件では、業務を離れた後の私生活の非行が対象。職務遂行との関連性の有無が問題となります。ただ、傷害罪は、身体の安全という生命の安全に次ぐ重大な法益侵害。しかも社名までマスコミに報道されています。その行動は、会社の信用を失墜させ、職場秩序を乱すおそれが大きく、第1の要件を濃厚にみたしているといっていいでしょう。
また有罪となった場合には、懲戒解雇処分も想定でき、起訴休職処分がこれと比較して均衡を欠くことにもなりません(全日本空輸事件 東京地判平11.2.15)。
たとえ第1の要件に疑義があったとしても、本人は未決勾留中(刑の1種である拘留とは異なる)で、身柄を拘束されています。保釈でもされないかぎり、有給休暇の行使は不可能。結局、休職処分は有効と考えられます。
◆起訴休職中の賃金請求権
休職期間中は賃金を支給しないという扱いは、問題ないでしょうか。というのも、民法では、債権者(使用者)の「責に帰すべき事由」による債務(労働義務)の履行不能の場合には、債務者(労働者)は反対給付請求権(賃金請求権)を有するとされています(536条2項)。一方、労基法は、「使用者の責に帰すべき事由による休業の場合」には、平均賃金の60%以上の手当を支払うべきとしています(26条)。
確かに、休職処分も使用者の就労拒否の1つではあります。しかし起訴休職は、労働者を就労させることが適当でない場合か、もしくは就労させることが不能である場合であって、社会通念上も是認できる処分ということができます。つまり、使用者の責に帰すべき事由にもとづく労務給付不能ないしは休業と解することはできません。したがって、使用者は、賃金もしくは休業手当の支払義務を負う必要はないのです。
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