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労働実務Q&Aこれで解決!

経営者の業務災害

Q.

当社は、従業員7名で金属加工業を営んでいます。私は代表取締役社長ですが、実態は労働者と同じく現場で働いています。先日、工作機械で作業中、軍手が伝導装置に巻き込まれ、指を切断するケガをしました。病院で入院治療を受けましたが、ばく大な診療費請求を受けてびっくり仰天。なんと健康保険が使えず、自費扱いになるというのです‥‥。

A.

法人の役員は健康保険の強制被保険者です。おそらく、社会保険事務所から本人宛に、「負傷原因届」の照会があり、業務上災害である旨の回答をしたものと推察されます。法人の代表者の業務に起因する傷病等については、健康保険からも労災保険からも原則として救済を受けられません。国民皆保険制度の下で保険給付の谷間といわれている問題です。


◆健康保険と労災保険の谷間

  経営者の業務上の災害が健康保険の給付対象とならないのはなぜでしょう。
  保険法上、保険給付の原因となる事実を「保険事故」といいます。健康保険の保険事故は、「業務外の事由による」疾病、負傷、死亡、分娩をいいます(健康保険法1条1項)。つまり、健康保険の被保険者に対する保険給付は、業務外の保険事故のみを対象としているのです。
  一方、労災保険の保険事故は、「業務上の」負傷、疾病、障害、死亡です(労災保険法1条)。本件は、工作機械の作業中の事故ですから、この要件は満たしています。しかし、労災保険の給付を受けることはできません。なぜなら、労災保険の適用対象者は「労働者」に限られているからです。この場合の「労働者」とは、雇用形態のいかんを問わず、事業主との間に「使用従属の関係」があり、「賃金を支払われる者」をいいます(労基法9条参照)。設問の被災者は労働者ではなく、労基法10条の「使用者」に該当します。


◆労災保険の特別加入制度

  ただし、中小事業主等については、労災保険の特別加入制度があり、特例として労災保険への任意加入を認めています。
  中小事業主のなかには、業務の実態や災害発生の状況からみて、労働者に準じて保護するにふさわしい人たちがいるからです。
  特別加入をすることができる中小事業主は、常時300人(金融業、保険業、不動産業または小売業の場合は50人、卸売業またはサービス業の場合は100人)以下の労働者を使用する事業主であって、労働保険事務組合に労働保険事務の処理を委託する者に限られています。
  特別加入は、事前に申請をして、都道府県労働局長の承認を得るという手続が必要です。
  本事案のように、ケガをした後の加入はできません。逆選択になるからです。


◆被保険者5人未満の特例

  さらに、厚生労働省の通達によって、零細企業の役員の業務上の傷病について、健康保険の適用対象とすることが認めれられています。いわば特例の特例といえます。
  すなわち、「被保険者が5人未満」の法人の代表者等で、「一般の従業員と著しく異ならないような労務に従事している者」については、業務に起因して生じた傷病に関しても、健康保険の保険給付の対象とする、というのです。ただし、治療費のみで、賃金補償である傷病手当金は支給されません(平成15年7月1日保発第0701002号)。
  かねてから、中小企業の役員が社会保険審査会に不服を申し立て、健康保険からの給付を認める裁決が相次いでいました。
  このケースでは、まことに残念ながら、5人未満の要件にも該当しないため、頭書の結論を受け入れていただくほかないのです。

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