労働条件の明示
Q. 従業員を採用する際に明示すべき労働条件のうち、一定のものについては、書面によって明示しなければならないと聞いていますが、どのように行えばよいのでしょうか。また契約交渉の過程において、採用を焦るあまり、過大な説明をして相手に誤解を与えないか、心配することがあります。基本的にどのようなスタンスで臨むべきかご教示ください。 |
A. 労基法は、労働契約の締結にあたって使用者に労働条件の明示を義務づけており、それを受けて施行規則は、賃金や労働時間などの一定事項について書面による明示を定めています。一方、労働契約法は、使用者に、契約内容の理解を深める努力義務を課しています。求人者は、信義則上の説明責任の違反を問われることがありますので、注意が必要です。 |
◆労働基準法による労働条件明示義務
労働者を雇い入れるにあたって、使用者は、労働契約締結の際に、労働条件を明示しなければなりません。労働条件の具体的内容を知らせることは、使用者に義務づけられた最低限のモラルといってもいいでしょう。
明示すべき労働条件の範囲と明示方法は、法令で定められています(労基法15条、労規則5条)。書面の交付により明示しなければならない事項は、①労働契約の期間に関する事項、②就業の場所、従事すべき業務に関する事項、③始業、終業の時刻、所定労働時間を超える労働の有無、休憩時間、休日、休暇、就業時転換に関する事項、④賃金の決定、計算・支払の方法、賃金の締切り、支払の時期に関する事項、⑤退職に関する事項(解雇の事由を含む)です。
明示義務がある事項のうち、多くは就業規則の必要的記載事項と重複しています(労基法89条1号~10号)。したがって、就業規則を交付するとともに、必要的記載事項に含まれていない、①労働契約の期間に関する事項、②就業の場所、従事すべき業務に関する事項、③のうち、所定労働時間を超える労働の有無について、書面を交付することで足ります。
では、書面による労働条件の明示がなかった場合の労働契約の効力はどうなるでしょうか。労働契約そのものは有効に成立すると考えられます。労働契約は当事者の合意によって成立する諾成契約であり、労働条件の明示は、行政的取締りの対象となるにすぎないからです(ただし、これに違反すると、使用者は罰せられます)。
明示された労働条件は、労働契約の内容となり、労使双方を法的に拘束します。ですから、明示された労働条件が事実と相違する場合には、労働者は即時に労働契約を解除することができます(労基法15条2項)。この解除によって帰郷する労働者に対しては、使用者は必要な旅費を負担しなければなりません(同条3項)。
◆労働契約法の理解促進規定
平成20年3月に施行された労働契約法は、労働契約の「合意の原則」という理念の実現を促進する規定を設けました。すなわち、「使用者は労働者に提示する労働条件及び労働契約の内容について、労働者の理解を深めるようにするものとする」(4条1項)と定め、「労働者及び使用者は、労働契約の内容(期間の定めのある労働契約に関する事項を含む)について、できる限り書面により確認するものとする」(同条2項)と要請しています。
これらの規定は、訓示規定であり、使用者の義務の法的性格は、努力義務にとどまると考えられています。そのため、請求権などの法律効果を生じさせるものではありません。ただし、採用時の労働条件の説明が不十分であったことが信義則に違反し、慰謝料請求を認容した事例(日新火災海上保険事件 東京高判平12・4・19)があります。今後、信義則違反の有無の判断において、本条の趣旨が援用されることが考えられます。
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