定昇とベア
Q. 春闘における労・使の賃上げ交渉をめぐって、新聞紙上では、定昇とベアといった言葉が飛び交い、存続させるか、廃止・見直しか、といった議論が展開されました。賃上げのうち、定昇が定期昇給のことであり、ベアがベースアップの略であることは分かりますが、それぞれの意味や違いが今ひとつよくわかりません。ご教示いただけないでしょうか。 |
A. 賃金の増額は、賃金テーブル(賃金表)の運用ルールにもとづき一定の時期に賃金を改定する仕組みとしての定期昇給と、賃金テーブルそのものを見直し賃金水準を底上げするベースアップに区分されます。定期昇給は、個人別賃金の制度的上昇であるのに対し、ベースアップは、労使交渉や賃金政策によって決まる全般的賃金額の上昇という違いがあります。 |
◆定昇とベアの違い
賃上げ、すなわち賃金の増額には、定期昇給(定昇)とベースアップ(ベア)という2種類のものがあります。
定昇は、賃金テーブルに沿って個別賃金を移行させる昇給であり、賃金制度に組み込まれているもの。ベアは、賃金テーブルの書き替えによる全員の昇給であり、労使交渉や賃金政策によりその都度実施されます。
定昇は、年齢(年齢給)、勤続年数(勤続給)の高まりや、職務遂行能力(職能給)の伸び、職務価値(職務給)の拡がりに対応するものであり、ベアは、生計費の増加(消費者物価上昇率)、生産性向上に対応しています。
定昇の内、年齢給・勤続給の定昇は自動昇給。まさに年功序列を賃金面から支えてきた制度です。他方、職能給や職務給は、人事評価の査定を反映した査定昇給。評価結果により昇給額に個人差が生じます。つまり、定昇には査定昇給が含まれますが、ベアは原則として査定が反映されることはありません。
ところで、職務グレードや職能資格等の昇格や役職への昇進に伴う昇給というものがあります。これらは通常、定昇には入れません。その発令を受ける人のみが恩恵を受けるものですから。したがって、定昇は昇給の大部分ではあっても、すべてではないのです。
いずれにしても、企業は賃金テーブルを作成し、賃上げは定昇とベアに分離して管理することが望まれます。
◆これからの定期昇給のあり方
今日、全従業員一律に毎年勤続年数や年齢によって自動的に昇給する仕組みをもち、右肩上がりの賃金カーブを描く年功序列賃金を採用している企業は少なくなったのではないでしょうか。企業の年齢構成の高齢化により、低成長下で定昇を続けていると人件費圧力で企業は早晩首が回らなくなるからです。
多くの企業は、年齢・勤続といった年功的要素よりも、仕事・役割・貢献度の伸びに応じて賃金が上昇するシステムを指向、模索しています。経済成長は終焉していますから、従来の横並びで賃金を引き上げていく市場横断的なベースアップも不可能になってきました。
1995年5月、かつての日経連(当時)は、『新時代の「日本的経営」』というインパクトのある提言を発表しました。そこでは、「定期昇給」という言葉は、「ある一定の時期に全員を対象に賃金が上昇する仕組み」との意味あいが強く出て、今後の経営環境の変化にそぐわない点もあるため、今後は定期昇給に代わって、単に「定昇」あるいは「昇給制度」という言葉を使用しよう、という方向性を打ち出したのです。
その後の日本の実態経済の低迷、国際競争の激化、少子・高齢化の進展、従業員の働き方や意識の多様化などの現状を踏まえると、日経連の考え方は、正鵠を射ていたといっていいでしょう。
公正・納得性のある処遇を実現する能力・成果重視の賃金・人事制度の構築が求められています。
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